急に暑くなりました。 空を見ても夏だよ。 今年はなんとなく平年並みのように感じていたのに、そんなことを忘れさせるほど急激に気温が上がりました。 今日からばあちゃんは入院。 午前中に畑を見にいっていたようで、あれこれ肥料が足りないのでは?と指摘されました。 足りないっていうか、肥料を入れていません。 ここ数日、静かに考えていました。 自分の好きなように畑で土づくりをしたいけれど、じいちゃんやばあちゃんの希望はそこにはないことについて。 肥料をたくさんあげて、大きくたくさん野菜を作りたい!と思っているじいちゃん、ばあちゃん。 私はゆっくりの成長でいいし、変な人だと思われるかもしれないが、土や野菜といっしょに実りを楽しみたいと思っています。 多少いろいろ言われてもスルーしようと思っていました。 肥料あげたよーって言いながら自分の好きなようにしようと思っていました。 けれど、私にとって大切なことってなんだろうって思うようになりました。 農薬や肥料を使わない自然栽培はエネルギー値が高いと言われていて、だからそこからできた野菜を食べて家族が少しでも元気になればいいと思っていました。 病気持ちの家族のためにって思ったし、同時に自然環境保全とか身の丈にあった暮らしとか自立の精神だったり、自然栽培に親和性を感じていました。 私の中の価値観が自然栽培に向かっていました。 でもじいちゃんとばあちゃんは違います。 野菜が速く大きくたくさんできることが喜びで楽しみです。 播いた種からいつ発芽するのかをドキドキワクワクしながら待って、発芽してきた小さな芽を見て私が喜ぶように、じいちゃんばあちゃんは野菜が大きくたくさんなることが楽しみで仕方がないのです。 それなのに私はゆっくりしっかり育てたいもんだから、じいちゃんばあちゃんは見ていて不安になるらしい。 そりゃそうです。 いつもなら葉が茂り背丈も高いのに、今年はまだこんなに小さいんだから。 一冬越したスナップエンドウ、ブロッコリーが今も収穫できています。無農薬無肥料。 ばあちゃんは成長過程は心配してたけど、収穫できるようになったら「いつまでも収穫できるね〜」と喜んで、肥料が足りないと思っていたことなど忘れてしまっています。 忘れているなら無肥料でもいいじゃないか、と思うかもしれないけど、本当にそうだろうか。 自分の価値観も大切だけど、私...