自然農法 わら一本の革命を再読中。
以前 読んだ時とは 少し違う気持ちで読んでいます。
福岡さんの自然農についての本ではあるけれど、これは哲学書。
ジュニャーナヨガに関する書籍を読んだ時と同じことが書かれているように感じます。
最近 併読しているバガヴァッド・ギーターにも通ずるものを感じます。
農について勉強をし始めると 慣行農業、有機農業、自然農法、自然栽培、不耕起栽培などなど いろんな定義のもとで行われる形があることを知ります。
慣行農業というのは形を表しているのではなくて、最もポピュラーで多くの人が採用している農法って意味だから 当たり前だけどこれが今の「大正解」。
私は農を生業にしたいわけではありません。
というと 違うのかもしれない。
商売とかお金を得るために農をしたいわけではありません。
「生きる」ために仕事にしたいという意味ならば 生業にしたいのか。。。。
生きていくために食べるものを自分の手でできるだけ作りたいと思っています。
生きている限り続けていきたいわけだから、できる限り必要なものは自力で調達したいとも思っています。
そういう観点から慣行農業とは少し距離を置きたいと考えています。
慣行農業なら一番情報も入るし、おそらく失敗も少なく、失敗してもリカバリーする情報も多いはず。
けれど使う肥料や資材を自分で調達できるかというと 購入するということは別にして自前で作り出すことはできません。
たとえば 今のように燃料が値上がりしたり、海外から物が入ってこなくなったら、その影響をもろにうけてしまいます。
それでは生業としてのリスクヘッジが不十分。
目指している基にはパーマカルチャーがあるけれど、思想的には福岡さんの自然農に学ぶところはたくさんあるし傾倒しているといってもいいです。
生きること、農的に暮らすこと、自然の中に在ること。
全部が繋がっていて 全部が同じことなんだと ここ数年で感じ、私の行動の基になっています。
なんでこんなことを書いているのかというと、
昨日 福岡さんの自然農への賛否がXにトレンド入りしていたから。
なんで福岡さんがトレンド入り?!って驚きました。
ネットの社会は広いようでとても狭いと最近は思っています。
狭い中で 白黒はっきりつけたがる。
是か非か。正か誤か。善か悪か。
なんでこんなに窮屈なん?って思うことばかり。
だれが慣行農業しようと だれが自然農法しようと だれが有機農業しようと ましてやだれが何を信じて感動しようと感銘をうけようと そんなの各人の自由ではないか。
他人に迷惑をかけなければ その人の真理がどこにあったって 他人がとやかく言うことではないと思います。
福岡さんの動画に感銘を受けた人が現代農家の人に叩かれていました。
私は農法を超えて とても考えさせられると思って何度も観返すことがある動画です。
止まらない物価高。
今年も夏はひどく暑いだろうし、作物は思うように育たないかもしれない。
お金があっても物がなければ手に入れることはできない。
燃料が高騰していろんなものが手に入らず、生産されないものも増えてくるだろうし、倒産する会社もあるでしょう。
それぞれにそれぞれの立場で対策を考えるのだと思う。
私の対策は 健康な身体。歩ける足。モノを運べる筋力。資源の節約と工夫。
そして 今年はサツマイモを多めに作付けしようかな。
食糧不足対策。